Company Profile

会社名:株式会社チーム・クニミツ
所在地:〒213−0032 神奈川県川崎市高津区久地3-3-1
TEL: 044-850-9771 FAX:044-850-9772
代表者:取締役社長 高橋国光
事業内容:自動車用品の企画・製造・販売
       自動車レース活動及び、プロモーション
       講演会、サーキット走行会の開催など

大阪営業所
〒537-0003 大阪府大阪市東成区神路4-3-11
TEL: 06-6975-5501 FAX: 06-6975-5506
広島営業所
〒734-0044広島県広島市東区矢賀新町2-3-30
TEL: 082-283-5540 FAX: 082-283-5558

高橋国光とは……

●1940年 東京生まれ
●デビューレース
1958年(昭和33年8月23〜24日)
第一回全日本モーターサイクル・クラブマンレース 350ccジュニアクラスクラス優勝(総合3位)
BSAゴールド・スター350

● 1959年(昭和34年8月22日〜24日)
第二回全日本モーターサイクル・クラブマンレース&全日本オートバイ耐久ロード・レース(第三回浅間火山レース)
  ・クラブマン500・501cc以上レース クラス優勝(総合2位)BSAゴールドスター500
  ・耐久セニア 500ccクラス 2位
  このレースでの成績を認められ、本田技研工業の社員ライダーとなる

● 世界選手権デビューレース
1960年(昭和35年)
世界選手権 西ドイツグランプリ6位
ホンダRC161

● 1961年
・5月14日 西ドイツGP 250ccクラス 優勝(世界選手権で日本人初の優勝を飾る)
ホンダRC162(ゼッケン100)
・8月12日アルスター(北アイルランド)グランプリ 125ccクラス 優勝
ホンダ2RC143

● 1964年
5月 フランスグランプリを持って、オートバイ・レースから引退

● 1965年(昭和40年)
日産ワークスに入り、四輪自動車レースへ転向
第二回鈴鹿クラブマン・レースにGT2クラスのフェアレディ(SR311)でレースデビュー

● 1966年(昭和41年)
・3月27日 第四回クラブマン・レース富士大会(富士スピードウェイオープニングレース)
GTレース優勝(四輪レース初優勝)
日産フェアレディ1600

● 1967年(昭和42年)
・ 5月3日 第四回日本グランプリ 2位入賞
日産R380

● 1968年(昭和43年)
・ 5月 第五回日本グランプリ10位
日産R381(ゼッケン23)
排出ガス規制の強化のために、12月にアメリカでマスキー法が成立。公害安全問題の解決のため、日産、トヨタがプロトタイプスポーツカーレースから撤退。

● 1970年(昭和45年)
ニッサンワークスのスカイラインGT-R4ドア(PGC10)にてレース参戦
・ 1月全日本鈴鹿300kmレース優勝を皮切・ りに5戦全勝
全日本ドライバー選手権TUクラスチャンピオン

● 1971年(昭和46年)
ワークスがニッサンスカイラインGT-R2ドア・ハードトップに車両変更

● 1972年(昭和47年)
・ 3月20日 富士300kmスーパー・ツーリングレース優勝 2位以下を全て周回遅れにして、記念すべきGT-Rの50勝目を高橋国光が飾る。

● 1973年9月(昭和48年)9月
・ ワークス撤退後、当時の国内最高峰レースで有る、二座席オープンスポーツカーによる富士グランチャンピオンシリーズ(GC)にサカイレーシングより参戦。
9月、デビュー戦の富士インター200マイルで総合3位に入る。

● 1977年(昭和52年)
・ スピードスターレーシングよりF2000参戦。この年、鈴鹿F2000シリーズチャンピオンを獲得。
・ F1ワールドチャンピオンシップ第17戦 日本グランプリ(富士スピードウェイ) でティレル007に乗り、9位。
・ ニッサン退社。ワークス活動に終止符をうつ。

● 1980年(昭和55年)
・ 11月3日、チームADVANよりトールマンTG280ハートでJAF鈴鹿グランプリ参戦。16年近いADVANとのジョイントが始まる。
・1981年(昭和56年)
富士グランチャンピオンシリーズにロイスRM-1 BMWで出場。第一戦ポール・トゥー・フィニッシュ。この年、全戦ポールポジション獲得。それまでのスポーツカーシャシーに変えて、F2のボディに由良拓也デザインのカウルを乗せた画期的マシン。

● 1982年(昭和57年)
この年から、富士GCシリーズもADVANに変更。

● 1983年10月(昭和58)年
WEC世界耐久選手権(富士スピードウェイ)にアルファポルシェ956で出場。

● 1984年(昭和59年)
・ 全日本耐久選手権出場 第一戦優勝。鈴鹿1000kmレースでポールトゥーフィニッシュ。

● 1985年(昭和60年)
・アドバン・アルファ956で全日本耐久選手権全7戦中4戦優勝。全日本ドライバー選手権・耐久部門のチャンピオンを獲得。

● 1986年(昭和61年)
・ケンウッドポルシェ962C(クレマー・レーシング)で、ルマン24時間耐久レースに出場
・スポーツ・プロトタイプ耐久選手権のチャンピオンを獲得。

● 1987年(昭和62年)
・ スポーツ・プロトタイプ耐久選手権のチャンピオンを3年連続獲得。

● 1988年(平成1年)
・ ル・マン24時間耐久レース9位完走(ケンウッド・クレマー・ポルシェ962C)

● 1992年(平成4年)
・ 全日本ツーリングカー選手権(Gr.A)に土屋圭市とコンビを組み、タイサンADVAN GT-Rで出場。

● 1993年(平成5年)
・ 土屋圭市、飯田章らとともに、チーム・クニミツ発足

● 1994年(平成6年)
・ホンダNSX(クレマーレーシング)でル・マン24時間耐久レースGT-2クラスに参戦。完走。

● 1995年(平成7年)
・ホンダNSX GT-2クラスで再びル・マン24時間耐久レースに参戦。クラス優勝。(総合8位)

● 1996年(平成8年)
ル・マンクラス3位入賞を果たす。

● 1997年 (平成9年)
・監督として鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦。
・1998年 全日本GT選手権ではチーム悲願の初優勝を獲得し、自らのレーサーキャリア通算70勝を飾った。

● 1999年(平成10年)
・ 35年ぶりにライダーとして二輪レースに参戦。「国さん」の愛称で親しまれ通算489レース出場を果たす。

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